
イギリスに現在も張り巡らされている運河は、主として、18世紀にはじまった産業革命時に建設されたものである。
近代的な運河を初めて建設したのは、ブリッジウォーター公爵(1736〜1803)である。彼は、自分の所有するウースリー炭鉱から工業地帯のマンチェスターに至る約30マイルに水路を敷設し、石炭を輸送しようと考えた。
そこで、技師ジェームズ・ブリンドリー(1716〜1772)とともに運河建設に着手、1761年、ここに「ブリッジウォーター運河」が完成し、運河時代が幕を開けたのである。
ブリッジウォーター運河は大きな成功を収め、イギリス中に運河ブームが到来する。
これが1790年にはじまる「カナル・マニア(運河狂)」という"バブル"。投機家たちは、次から次へと運河に投資し、建設された総延長は4000マイル(6400km)に達した。 しかし、その栄華も長くは続かなかった。
1825年、スチーブンソンの蒸気機関車が世に登場すると、人々の興味は運河から鉄道に移っていく。鉄道会社による吸収合併で生き残りを模索した運河もあったが、20世紀に入ると、その使命をいったん終えるのである。
第二次世界大戦後、1960年代に入ると、いったんは廃棄された運河にレジャー用ボートを浮かべ、旅をすることができないだろうか、という機運が高まり、次々とレストア(修復)がはじまる。鉄道や道路に輸送の主役を奪われた運河だったが、まったくの観光用として、第二の人生を歩む場を見出したのである。
かつて石炭を運搬していたのと船をモチーフにした「ナローボート」。免許なしで誰でも操縦することができ、ボートを貸し出すハイヤー・カンパニーは全英に100以上ある。国内はもちろん、海外からもたくさんの人が毎年ナローボートの旅を満喫している。
運河のレストアは、現在も続けられており、運河そのものだけでなく、ボートを箱に入れて持ち上げる「ボートリフト」も再建された。その作業には、政府機関だけでなく、ボランティア組織が積極的に関与している。自主的に組織されたグループが、運河やロックのレストア、ひいては周辺の草むしりなど、さまざまな仕事に従事しているのだ。
運河はまた、都市の再開発計画の拠点にもなっている。廃墟と化した工場街にショッピング・センターや住居を誘致し、市民の憩いの場として活性化させるプロジェクトが各地で行われ、マンチェスター、バーミンガム、リーズなどは都市再開発の好例として日本の書籍にも取り上げられている。
ナローボートで旅すれば、カントリーサイドの自然の中で遊ぶもよし、街のマリーナに横付けしておしゃれなレストランに入るのもよし。これ以上の旅の道具があるだろうか。
●産業革命を支えたイギリスの運河
●今に生きる、現代の運河